ゼロ 「あちら」と「こちら」の中間地点

傷を癒し、もう一度「ゼロ」から立ち上がるために言葉を紡いでいたブログです。今は更新を停止しています。

私のダンス・1

 私が本当にしたかったことは何だったのだろう?

 自分の「原点(オリジン)」はどこにあるのか?

 

 しばらくの間、私がこれまで辿った道を、主に「ダンス」という側面から継続的に記述していってみたいと思う。

 他人が読んで面白いかどうかはわからないが、このあたりで一度、「自分の過去」を整理してみたい気持ちがあるのだ。

 

 今日はまず、「ダンスとの出会い」について書いてみたい。

 私がダンスと初めて出会ったのは、高校入学直後のことだった。新入生歓迎会で、とある三年生の男子生徒二人がブレイクダンスを踊っているのを観て強い衝撃を受け、「自分もやりたい」と思ったのだ。

 

 いや、たぶんその二人のダンスを観ていたリアルタイムでは、そこまで私は考えていなかったと思う。その時の私は、「いったいぜんたい何だ、これは!?」という電撃のような強いショックを受けてほとんど放心状態になっており、その短いショーが終わった瞬間には「うおー!」という歓声を叫び上げたくなっていたのだ。

 「考え」も何もない。「衝撃」だけがあって、「思考」はまるで追いついてなどいなかった。

 

 ただ、その時の私は間違いなくワクワクしていたとは思う。

 二人のダンスが終わり、舞台上で他の部活動の出し物や委員会の説明などが続いている間も、私はどこか上の空だった。「自分もダンスをやってみたい」というところまで具体的には考えていなかった。それよりも、とにかく走り出したいような、「今さっき観た凄いもの」についてひたすら誰かと話しまくりたいような、落ち着かない気持ちを内側に感じていた。居ても立ってもいられない気分だった。

 

 だが、新入生歓迎会が終わり、教室で普段通りの授業が始まる頃には、私の興奮はいくらか後退していた。「自分もあのダンスをやってみたい」と具体的に考え出したのは、たぶんこのくらいのタイミングだったと思う。

 ただ、「自分にはそんなの無理なんじゃないか」という後ろ向きな気持ちが、靄のように私の心を覆っていた。というのも、それまで私はダンスを踊ったことはおろか、観たことさえほぼなかったからだ。

 それに、日頃から音楽を聴く習慣がなかったから、リズムだって全然取れなかった。オシャレにも興味がなかったし、視力も悪かったので分厚い便底眼鏡をかけていた。いかにも「根の暗いガリ勉キャラ」といった風貌で、実際にそういう人間だった。そんな自分がダンスをするなんて、当時の私には「ありえないこと」のように思えたのだ。

 

 まあ、当時の私の「キャラ設定」はともかくとして、私がダンスを始めるのに尻込みしていたのには、「今と昔では時代が違った」という部分もある。

 私が高校に入学したのは、今からもう20年も前のことだ。当時はまだ、ダンスが今ほど世間一般に広く認知されてはいなかった。まさかダンスが中学校の義務教育課程において必修になる日が来るなんて、当時は誰も想像していなかったのではないだろうか?

 その頃は、ダンスと言えばクラシックバレエとかモダンダンスのような劇場で踊られるようなタイプのものを指し、若者が路上で踊っているダンス、主に「ストリートダンス」という仕方で括られるダンスは、「一つの文化」とまではまだみなされていなかった。一般の人からすると、「何となく社会に馴染めない若者が、うっぷんを晴らすためにバタバタとよくわからない動きをしている」というくらいにみなされていたのじゃないかと思う。

 それがいまや、ストリートダンスが劇場でも当たり前のように上演され、子どもの主要な習い事の一つにまでなったのだから、不思議なものだ。

 

 こういった変化には、インターネットの普及も関係しているだろう。

 特に最近は、『TikTok』という短い動画の投稿用SNSが世界中で利用されるようになり、ダンスの動画をネット上で発信することも閲覧することも非常に容易になった。インターネットの歴史について私は詳しく知らないが、『YouTube』がこういった変化の先駆けになっていたのではないかと思う。

 

 しかし、私がダンスと出会ったばかりの頃は、そもそもネットがまだそこまで一般に普及しきっていなかったし、動画撮影用のカメラが内蔵されているスマホタブレットは、当然ながらまだ存在すらしていなかった。

 だから、もしもダンスの動画を撮ろうと思ったら、10万円以上はする高価なビデオカメラが必要で、それをさらにネットに上げようと思ったら、『YouTube』や『TikTok』のような動画共有用のプラットフォームに頼らず(そういったものは当時まだ無かったのだから)、自力で動画をアップロードできる技術と知識が必要だった。

 当時ストリートダンスを自身で練習していた人間で、それだけの条件をすべてクリアできるダンサーはもちろんそれほど多くはなかったので、その頃はインターネットでいくらダンスの動画を検索してもまるで見つからなかった。もし見つかっても、だいたいがいかにも素人が撮った風の画質の悪い動画で、顔は判別不可能、手足の輪郭さえもがぼやけていたものだ。

 

 さらに言うと、私の生まれ育った場所は、まわりが山と畑と川ばかりの鄙びた地域で、「ストリートダンサー」が存在しないどころか、人が踊れるような「ストリート」がそもそもほとんどなかった。中学校までは地元の学校に通っていたので、あまり遠くに出かけていくこともなく、音楽全般にもサッパリ興味がなかったので、歌手やアイドルのコンサートに行ったりすることも皆無だった。

 そういった時代背景と私の生まれ育った地域の環境を考えに入れるなら、東京の立川にある高校に電車通学をするようになるまで、ダンスとほとんど接触を持たない人生を歩んでいたことは、別にそれほど不思議なことではないと言えるだろう。

 

 いずれにせよ、私にとっては高校入学直後の新入生歓迎会で観たダンスが、「生まれて初めて観たダンス」だ。それ以前に私が何らかのダンスをもし観たことがあったのだとしても、それらは私の記憶に一切痕跡を残していない。

 そういう意味では、ひょっとすると「客観的な事実」としてはダンスを観たのはその時が初めてでなかったのかもしれないが、「主観的な現実」においては、新入生歓迎会で観たダンスが、私にとって人生初の「ダンスとの出会い」となった。

 

 新入生歓迎会の会場となったホールで、私は客席から舞台の上を見つめていた。

 舞台の上では二人の男子生徒が「よくわからない動き」をしていた。赤やら黄色やら目まぐるしく色が変わっていくライトに照らされ、私が一度も聴いたことのないダンスミュージックを背景に、二人は踊っていたのだ。

 それは私にとってはなにしろ「生まれて初めて観たダンス」だったので、いったいどんなジャンルの踊りなのかということもわからなかったし、どういう動きをしているのかも全く解析できなかった。だから、当時の私の主観からすると、それは「よくわからない動き」としか言いようがなかった。

 しかし、それにもかかわらず、私は二人のダンスを「かっこいい」と思った。今にして思うと、二人とも技術的にそれほど難しいことをしていたわけではないのだけれど、彼らは「見せ方」というものを心得ていた。そして、実に楽しそうに踊っていたので、当時の私は深く魅了されてしまったのだ。

 

 そんなわけで、ダンスのショーが舞台上でおこなわれている間、私は「いつまでも二人の踊りを観ていたい」と思ったのだが、それと同時に、「自分もあの二人みたいに何かをしてみたい」という気持ちが徐々に内側で起こってきた。客席に坐ってただ観ているだけだった私にそうまで思わせるほどに、舞台上の二人の姿は、その時の私の目にはまばゆく輝いて映ったのだった

 

 私はこの記事の最初のほうで、「先輩二人のダンスを観終わった後、走り出したいような、誰かと話しまくりたいような、居ても立ってもいられない気持ちになった」と書いたが、その時の私が感じていたものは、まさに「自分もあんな風に輝けるような何かをしたい」という抑えがたい衝動だった。内側にずっと「火照り」のような感覚が残っていて、その「熱」を何かに使わないと落ち着くことができない気分だったのだ。

 

 日本語の「感動」という言葉には、「動」という文字が入っている。

 でも、いったい「何が」動くのだろう?

 まず「心が」動くということだろう。私たちの心が何かを「感じ」、そして「動く」のだ。

 外側からの刺激を受けて、内側に強い感情が湧き起こる。心がジッとしていられなくなる。

 そして、次に私たちは心だけでなく全身を使って動いていく。つまり、何かしらの「具体的な行動」を起こし始めるのだ。

 

 そう言えば、英語の「emotion(感情、情動)」という言葉もまた、「e(外へ)」という接頭辞が「motion(動くこと)」にくっついてできている語だ。英語圏の文化においても、「強い感情」というのは内から外へ向かって動いていき、私たち自身を突き動かすものだ、という認識なのだろう。

 

 生まれて初めてダンスというものを観て、私は「強烈なemotion」を内側に抱いた。月並みな表現だが、私は「感動」したのだ。そして、「何をかせずにはいられない気持ち」になった。

 だが、「何をしたらいいのか」がその時の私にはよくわからなかった。ただ「抑えがたい熱」だけがあって、その「使い道」が私にはまだわからなかったのだ。

 

 2へ進む